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はじめに

ある年の6月、咳が止まらないので病院へ行くと、肺がんの疑いがあるといわれました。 そして検査入院の結果、手の付けられない末期がん、余命1年と宣告されました。 転移もあり手術もできませんでした。   —しかし7年後の今、こうしてこれを書いています。— 末期肺がんと宣告されてから、現代医療だけに頼らないという決意をしてから完治するまで… 自分に起きた出来事を、ぜひ知ってほしいと思いペンを執りました。 誰にでも生まれながらに備わっている免疫力を目覚めさせれば、癌は怖くはありません。 この免疫力には初期がん、末期がんの区別も、胃がん、肝臓がん、乳がん、どのようなガンかの区別もありません。 自らの体験を通して学んだ癌の叩き方、免疫力の活性化、心の持ち方を具体的に述べます。 私の経験が、今まさにガンと闘っている方、またご家族やご友人の「希望の光」になりましたら幸いです。

私のガン体験

突然のガン宣告

7年前、体調の悪い日が2か月も続きました。咳がとまらず、背中がエビのように丸まって伸びなくなっていましたが、病院嫌いの私はなかなか腰を上げませんでした。 しかしある日、そんな私に見かねた家内にひきずられるようにして、病院へ行きました。 咳が止まらず病院へ すると、肺がんの疑いがあるといわれて即入院、精密検査をすることになりました。 肺がんの疑いを宣告される 「まだガンとも決まっていないのに緊急入院とは・・・」と抵抗しましたが、疲れていた私は、仕事を忘れて自分の好きなことだけしていればよいのだから『しばらくの休暇』と思い直すと、嬉しくなりました。 CTスキャン、肺がん検査 CTスキャン、細胞培養検査などが進み… 入院5日目に、肺がんであることを告げられました。 しかも余命1年の手の付けられない末期がんでした。 ガ~ン!!! 右肺から食道、リンパ節に転移してステージ3B、手の施しようがないとのことです。 頭の中が真っ白になり、現実を認めたくないのか目はうつろで足はフワフワしています。 病院ウラ情報に詳しい知人に聞いたら「かなりの確率で当たりますよ、甘く見ないでください・・・」 その時の気持ちは複雑で不思議なものでした。 余命1年、手の付けられない癌と告げられた私 “先生お願いします”と言って治療を受けても1年で死ぬということなのです。 治療に手を尽くしても死んじゃうのです。 ガ~ン!!! 私には、まだまだやりのこした夢だってたくさんあるのに…

決意

余命1年と言われ、ショックで頭が混乱していたが、現代医学だけに頼るわけには行かないという気持ちが湧いてきた。 がんを治せない現代治療をする前に、自然治癒力を試してみようと思った。 あと1年の命、雨が降ったような気持ちでした 先のことはわからないけれど試すだけ試そう、と決心するのに時間はかからなかった。 私はこれまですべての病気を東洋医学、民間療法で治してきたので、自分の肺がん治療に応用しようと考えたのだ。 しかし免疫療法を東洋医学の基本から見直すと、不足していることが多々あり、確実性に欠ける。 新しい知識を加えて、ツボを探そうと思った。

戦略

私の作戦は、代替療法や免疫療法といわれる民間療法を1か月試し、結果を検査すること。 さまざまな治療方法を試した1か月 これをひと月単位で次々試すのである。 この方法なら死ぬまでに何通りか試せるので、どれか正解があるだろうと考えた。 今までの経験では、効果があるものは効きが早いので、1か月で変化がなければ別の方法を試す。結果を正確に知る方法として、検査のために病院に居残ることにした。(先生ゴメンナサイ) 自身の体で様々な治療法を試そうと決意

計画を練る

こんな調子で入院生活が始まったが、検査の合間に本屋を廻り、一抱えの参考書をベッドに持ち込み知識を仕入れ、計画を立てた。 目標は自然治癒力でがんを叩ける体にし、自分の免疫力で癌に勝つことだ。 キラリと光る本を見つけることができたのはラッキーだった。 マンドゥ・ゴーナム博士の著した本で、免疫力の最新情報が載っている。
〝免疫細胞は原爆のように一網打尽に叩くのではなく、ガン細胞に一騎打ちを挑み、勝敗を決める。” 〝若く元気な細胞は2個のガンを同時に叩き、5分で消滅させる。 しかし老化し弱った細胞は、ガンに逆襲され消滅する” と顕微鏡写真入りで解説してある。つまり免疫力には質の問題があり、弱ければ役に立たない! 元気な体の血液1ccには、10億の免疫細胞があるという。 私はベッドに電卓を持ち込み、キーをたたいた。 計算上では数日で決着がついてもおかしくないと思った。 癌細胞と戦うため、私はたくさんの本を読みあさった この計算が正確かどうかわからないが、可能性を探ることは楽しかった。 ショックや恐怖心を忘れて没頭し、頭はすでに反撃体勢になった。 そして免疫力は心の状態にリンクして活性化すると書いてある! 若く元気な細胞は2個のガンを同時に攻撃しそして5分で消滅させるという よし、これで治すぞ!と思うとワクワクしてきた。 私は免疫力を信じ、副作用の多い治療を最後の手段と考え、引き延ばし作戦を実行した。 その間にガンを叩ける体になろうと考えたのだ。

きっかけ~理髪店で~

さて、どうするか—
  • 免疫力は血液によって運ばれるので、血液の流れをよくすることが肝心だ。
  • そしてガンは熱に弱い。
  • 思い切って湯治に行くべきか…日本では古来から癌や難病の治療に、温泉が良いと知られてきた。鳥取の三朝温泉、秋田の玉川温泉などのラジウム温泉に身を任せればいいかもしれない。しかし温泉地へ何日も逗留する体力と気力があるだろうか…
とにかくあの人に相談してみよう、と私はまた病室を抜け出して、いきつけのヘアサロンへ行った。 サロンの看板 「おう〜Aさん(私の苗字)、いらっしゃい! しばらくでしたね、調子はいかがですか?」 サロンの店主 シャンプー、ヘアカット、蒸しタオルに髭剃りと、いつもの心地よい熟練の技に身を任せながら、20年来の付き合いの禿おやじに、じゃなくてヘアスタイリストのIさんに、いま自分の身に起きていることを話した。 いつも人生の節目節目でこちらを気にかけてくれて、手を差し伸べてくれる人だ。今まで助けられたことも1度や2度ではない。 「おおそりゃAさん、大変でしたね・・・。」 髭を剃る店主 そう言うと、真剣な顔でしばらく考えていたIさんだが、「ここへ連絡してごらんなさい」と言って、東京の電話番号をその場で渡してくれた。 ここは理容の腕がいいのと、Iさんの人懐っこい人柄にファンが多く、政治家や企業のトップ、スポーツ選手や芸能人、お相撲さんからテレビのディレクターと、様々なお客さんが出入りしている。その広い人脈の中から、ピッタリな情報を思い出してくれたらしい。 私はIさんに言われるままその番号にかけ、すぐに出かけることにした。

東京でのできごと

都内の雑居ビルの中の小さな事務所がS商工だった。 そこに、私からの電話を受けた、S商工のS社長が待っていてくれた。 S商工は、長年健康食品や健康グッズを製造販売している小さなメーカーだった。 私はその日、どんな顔をしてそこへ行ったのだろう? 事務所へ入ると、いきなり初対面のS社長に笑われた。 S社長:ねえあなた、なんでそんな顔してるの(笑)。そんな、死にそうな顔しちゃって。 私:あのね、私、死にそうなんじゃなくて、本当に死ぬかもしれないんですよ。末期肺がんで、余命一年といわれたんです。(むっ)(でも本当に土気色の顔色をしていたのだろう) S社長:あ~、そうだったよねぇ。それで来てくれたんだものね〜。でも、ほら~、よかったじゃない。もう、治っちゃったでしょ(ニコニコ)。 社長の写真 私:え?(キョトン) S社長:ほらもう治っちゃったじゃない。よかったね~(ニコニコ)まあとにかく、やってみてよ。やってみないとさ、わかんないからねぇ、ほら。ねぇ。 そう笑いながら、S社長は天然鉱石を配合してあるという、「ラジウム温泉器」なるものを出してきて見せてくれた。と言っても、器具と言った物ではなく、まるで瓦かレンガのような石だった。 お助けアイテムが揃った! それは貴重な天然鉱石から微弱な天然放射線が出ていて、お風呂に入れて入浴するものらしい。これまでに何人も病人を助けてきたという。 他にも何点か、天然鉱石を配合したベッドであてるための「ラジウムパッド」や飲み水用の「ラジウムセラミックボール」なども見せてもらい、一通り試してみることにした。 ガイガーカウンターを当てると、ガーガーという音が鳴って、本当に放射線が出ていることを目で見て確かめた。人工の放射線とは違い、少量の天然の放射線は体に良い刺激を与えるとのこと。 それから、沖縄の猛毒ウミヘビのエキスからできたサプリメントもいただいてきた。 これは社長が自ら沖縄に行って製品化したもので、沖縄の人でもなかなか手に入らない、貴重な資源らしい。スタミナがつく、とボクサーやお相撲さんに人気なのだそうだ。会社の近所に相撲部屋がある関係でとくにお相撲さんの愛用者は多いという。 これまで見たことも聞いたこともないような製品ばかりだったが、いまはこれらを使って、とにかく第一作戦を始めようという気になっていた。 S社長は終始自信満面の笑顔で、 「大丈夫ですよ、だってさ、あなたが死ぬはずがないじゃない?ほらもう、顔が変わっちゃった。ねぇ、もう、治っちゃったでしょう」 と言った。 実際に洗面所の鏡を見たら、自分でも顔付きが変わったような気がした。S社長に出会い、これまでもたくさん治ったときいて安心したのだろうか。商品には絶対の自信があるのがわかった。 (のちのち、この5歳年上のS社長とは気が合い、大の飲み仲間となり、私が元気になると日本各地に二人で出かけては飲んだり旅行したりするようになるのですが、この時は気持ちに余裕もなく、そうなることなど夢にも思いませんでした。ひたすら必死に、藁にもすがるような思いでした。) さて入手したグッズの一つ目は”ラジウム温泉器『希望の湯』”です。これを自宅の風呂に入れると、温泉同様のお湯になるというものです。 ガン治療で温泉地に湯治に行けなかった自分だったが、これで今日から自宅で湯治ができることになったのだ!

確信を得る~希望~

さて、急いで帰宅すると教えていただいたとおりに”ラジウム温泉器『希望の湯』”を自宅の湯舟のお湯に沈めました。 すると、サーっと細かい泡が浮いてきました。 水の写真 多孔質に作ってあるとの話だったので、孔(あな)に入っていた空気が出てきたようです。 S社長に言われた通り、とにかくやってみるしかないのです。 ラジウム鉱石は、匂いも色も何も発していませんし、熱も出ません。しかし微弱な天然の放射線が出ています。それは空気中に出るとラドンに変わります。ラドン温泉の再現です。ラドンが肺から体に入り、血液をめぐります、そうすると血流がよくなり、体が芯から温まるのです。 そして湯舟に入ってみて、S社長の言葉がわかりました。 今までの家のお風呂とは、入っているときも、出た時も、感覚が違いました! しめた!と私は思いました。これで体を芯から温めることができる。 この時、もしかしたら・・・という気持ち=「希望」が湧いてきました。 実は私は無類の温泉好きで、一人で各地の秘湯めぐりに行くほどなのですが、これは「いいお湯だ」と直感しました。 なんと、いつでもいいお湯に入れる装置を自宅に作れたのです。 自然と心が明るくなり、安堵するのを感じました。 なるべく窓をしめて、ラドンを逃さないように、大事に吸うようにして、芯まで温まることを意識して入浴しました。 入浴のイラスト そしてその日以来、なるべく病院を抜け出しては、帰宅して、お風呂につかりました。 そのほか、ベッドで岩盤浴をするための「お利口さん(ラジウムパッド)」、それと水道水をラジウム水に変えてくれる「セラミックボールの丸玉」も使い始めました。 ※これらの説明はこちらにまとめました。 コップの写真 これらのラジウムグッズは、採掘禁止になる以前に掘って、ストックしてある天然鉱石を使って作られています。ラジウムから放出される微弱な放射線が、体に適度な刺激を与え、体を温めると同時に代謝が速まる効果もあるのです。寝ているときでもホルミシス効果を持続させることができます。 S社長からもう一ついただいた猛毒海へびのエキス(を球状に固めたサプリ・いらぶ)も食べました。これはまさに毒をもって毒を制す・・・真っ黒い宿便が排出されました。 宿便のイラスト

私の作戦

結論を言えば、患部の血行回復、自律神経回復、体を温める、よく食べる、よく寝る、治る意欲を持つ、に集約できます。 免疫はがんを叩く力なので、最大限に活用するように心がけた。 栄養も届かず、老廃物でどろどろになった血液でブロックされるであろう患部に、血液が直撃してがんを叩くよう心の中でイメージした。 具体的には、2つの目標をたてて以下のことを実行した。

作戦1 体の中から:免疫力の強い血液を作るため健康食品をとった。

  1. 信頼できる筋から取り寄せたアガリクス(きのこ)。免疫力アップ。 NK(ナチュラルキラー)細胞が元気になる。
  2. 沖縄の猛毒海へびのエキス「いらぶ海精王」。 体力の回復と排毒をした。
  3. 水道水をラジウム鉱石に浸した「ラジウム水」。 温泉を飲む「飲泉」と同じで内臓から活性化するのを実感した。
  4. 食べたいものを腹いっぱい食べた。

作戦2 体の外から:全身の血行を改善し、特に患部に血液を集中させる。

  1. お利口さん」というラジウム鉱石を粉砕して袋に詰めたものを用いた(ラジウムパッド)。 これは前述のS商工より購入した。これを患部付近にあててベッドで岩盤浴をして血液が患部に直撃するようイメージした。微量放射線のホルミシス効果を期待した。
  2. 「放電灸」(ピッ○エレキバンのような絆創膏)を背中に貼り患部の血行改善と、背中のコリをとって自律神経を改善した。(実はこれは私の発明品。こちらで紹介しています)
  3. 家の風呂をラジウム温泉にした。病院を抜け出してはラジウム温泉に入り一杯やるのが楽しみで気分転換にも役立った。ラドン効果で体がよく温まり、リラックスできた。
これで免疫力を高め、全身と患部の血行を旺盛にして、免疫細胞にがん退治をお願いしたわけです。 入浴の画像 毎日のように病院を抜け出しては自宅の風呂に入り、一杯やるのが入院生活の楽しみだった。 30日の入院中、15日は自宅に帰った悪い患者だったが、「もうすぐ死ぬんだから」(とは言わないが)検査入院ということもあり先生は大目に見てくれた。 ストレスが免疫力を減少させるので、マイペースで過ごすことに決めた。 食事も食べたいものを食べ、風呂上りには大好きなお酒も…。 お酒を飲むイラスト 服装も病人らしくする必要はないと思い、気分はリゾートに。パジャマじゃないから外出時も便利だった。 妻にわがままを言って、毎日差し入れや送り迎えを頼み、帰宅しては料理や事細かなリクエストをして大変な思いをさせ、ケンカもしましたが… 私の作戦はひとつひとつは弱いものに思われるでしょうが、相乗効果を狙ったものなので、全部の要素が好転すると驚くべき力が発揮されます。 そして中ごろから食欲旺盛になり、体が充実してくるのを感じるようになった。背筋が伸びて胸が開き、堂々としてきた。この体ならガンを自然消滅できると、自信のようなものが湧いてきた。

2度目の検査

入院して25日目頃、ドクターから今後の治療をどうするのかお話があったので、2度目の内視鏡検査と生体細胞検査をお願いし予約を入れ、4日後と決まった。 検査のイラスト あんなに苦しい検査をよく2回もする気になりましたねという声もあったが、“もしかして”の気持ちには変えられない。 医者の写真 そして・・・ その結果は… 開放感の写真 な、なんと、ガンが消失していた!!! これには私も皆もビックリです。 ヤッター!!やるときゃやるもんだ!! 1回のトライで大成功とは、自然治癒力の強さと、反応の速さに改めて驚かされました。 ウッソ〜〜!?とお思いでしょうが、余命1年というのは、病院治療を受けると副作用で免疫力が低下するため、転移、再発を前提に予測したものです。 治療を繰り返すうちに体力を消耗して、ガンに負けるのです。 奇跡の生還をした人は、転移、再発を自分の免疫力で断ち切った人です。 これを防げばがんは風邪と同じ一過性の病気に過ぎず、怖い病気ではありません。

結末

最初のトライでガンが消えてしまったので、30日で退院することになりました。 ドクターのイラスト ドクターは私が勉強した本が欲しいとおっしゃり、資料一式を病院へ寄贈して退院しました。 余命1年の末期肺がんから、奇跡の生還でした。 その後、なんども反芻しては気持ちを整理し、「奇跡だけれど奇跡ではなかった」と確信するに至りました。 理解すれば誰にでもできる、簡単で薬害もなく体に優しい方法です。 私が掴んだコツのようなものを、どなたにも再現できるように、文字にして残しておこうと思います。 次の章から、私が学んだ事柄を、少し詳しく述べていきますのでご期待ください。 喜ぶイラスト ※「私の作戦」で使用したグッズの紹介はこちらにまとめてあります。  
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